第1章 再び光を見る
病室で、井上祐衣はゆっくりと目を開けた。
しかし今回は、目の前に広がるのは漆黒の闇ではなく、頭上の白い天井だった。
彼女は慌てて瞬きをした。それが幻覚ではないことを確かめると、胸の奥から激しい喜びがこみ上げてきた。
見えた、ついに目が見えるようになったのだ!
かつて井上颯人を助けるために遭った交通事故。そのせいで視神経を圧迫していた鬱血が、ついに消散したのだろうか。
祐衣の瞳から笑みが溢れ出す。彼女はこの朗報を一刻も早く颯人に伝えたくてたまらなかった。彼はこの二年間、彼女を失明させてしまったという罪悪感の中で生きてきたのだ。このことを知れば、きっと誰よりも喜んでくれるはずだ!
その時、井上颯人がドアを開けて入ってきた。彼は彼女の手を取り、自責の念と緊張の入り混じった声で言った。
「ごめんよ、祐衣。僕が仕事にかまけてそばにいなかったせいで、君は転んで頭をぶつけてしまった。今の気分はどうだい?」
祐衣は、申し訳なさそうに目を赤くしている颯人を見つめた。「もう目が見えるの」と言いかけた、その時だった。
颯人のネクタイが目に入り、彼女の表情は瞬時に凍りついた。
その白いネクタイには、くっきりと口紅の跡がついていたのだ。
祐衣の瞳孔が収縮する。颯人が浮気をしているなんて、夢にも思わなかった!
彼女が彼を助けるために失明した時、彼は一生彼女を守り、寄り添うと誓ったはずだ。あれからたった二年しか経っていないのに、彼はもう誓いを破ったというのか?
颯人も彼女の様子がおかしいことに気づき、すぐに心配そうに尋ねた。
「祐衣、どうしたんだ? まだどこか具合が悪いのか?」
祐衣は瞬きをして、首を横に振った。
「ううん、なんでもないわ」
布団の下に隠した手は、無意識のうちに拳を握りしめていた。
颯人の浮気という事実に頭が真っ白になり、彼女は咄嗟に視力が回復したことを隠してしまった。
その時、颯人のスマートフォンがメッセージの着信音を鳴らした。
祐衣には見えていないと思っているのだろう、彼はベッドの端に座り、気兼ねなくメッセージを返信し始めた。
彼の口元には終始笑みが浮かんでおり、どう見ても女性と楽しげにチャットをしている様子だった。
祐衣の心は、どんどん冷たく沈んでいった。
「祐衣、もしどこか不調を感じたら、すぐに僕に言うんだよ」
メッセージを返し終えると、颯人は再び優しい夫の顔に戻った。
祐衣は不意に口を開いた。
「颯人、もう入院しているのは嫌。家に帰ってみたいの」
颯人の笑顔が一瞬強張ったが、すぐに取り繕った。
「わかった。午後には退院の手続きをしてくるよ」
祐衣は淡々と答えた。
「三日後はあなたの誕生日だったわよね。プレゼントを用意してあるの」
颯人は幸せそうに言った。
「やっぱり僕には祐衣が一番だ」
祐衣は口の端を歪めた。
実はプレゼントはずっと前に用意してあった。誰かに頼んで買ってもらったブランド物のベルトだ。だが今、その包装箱の中身は離婚届に変わるだろう。
その時、颯人がどんな顔をするのか、ぜひ見てみたいものだ。
颯人の行動は早く、その日の午後には二人は別荘に戻っていた。
祐衣は颯人に支えられるまま、かつて二年間暮らした我が家を複雑な思いで見渡した。
見れば見るほど、心の奥底にある傷口が引き裂かれていくようだった。
ここは二人の新居であり、中の調度品の一つ一つまで彼女が手ずから選んだものだ。だからこそ、どこが変わったのか一目でわかった。
例えばリビング。彼女が一番好きだったチューリップは跡形もなく消え去り、代わりにスズランが飾られている。
例えば寝室。二人のツーショット写真は消えていた。
さらに言えば、祐衣が好きでベッドの足元に置いていたぬいぐるみたちも、すべてなくなっていた。
極めつけはクローゼットだ。彼女の淡い色調の服は消え、代わりに濃い色調の服が増えていた。
ここには、別の女が生活している痕跡があった。
颯人は彼女をソファに座らせ、優しく言った。
「祐衣、お風呂に入れてあげようか? 今は目が不自由で見えないだろうし」
祐衣は彼を見上げた。颯人の手はずっと彼女の腰の位置を撫で回している。
彼女は颯人をよく知っている。彼の瞳の奥に揺らめく欲望の意味を読み取れた。
「君が入院してから、ずっとご無沙汰だったからね。恋しかったよ、祐衣」
颯人はそう言いながら身をかがめ、キスをしようとした。
だが唇が触れようとしたその瞬間、祐衣は軽く首を傾けて避け、くしゃみをした。
少し鼻声だった。
「昨夜、窓を閉め忘れたみたいで、風邪気味みたいなの」
颯人の欲望は瞬時に引っ込んだ。
「じゃあ、すぐに風邪薬を探してくるよ」
「ええ」
夜、祐衣と颯人は背中合わせで眠りについた。
彼女に眠気はなく、ずっと天井を見つめてぼんやりしていた。
心は見えないナイフで切り裂かれ、血塗れの傷口がパックリと開いているようだった。
その時、ドアの外から微かな足音が聞こえてきた。
誰かが寝室に入ってきたのだ。
祐衣はついに相手の顔を見た。彼女はその女を知っていた。
山田悠子。
颯人の心の中にいる「高嶺の花」だ。
かつて颯人が破産の危機に瀕した時、山田悠子は躊躇なく荷物をまとめて去っていった。
もし祐衣が揺るぎなく颯人に寄り添い、あらゆる手段を尽くしてリソースや人脈を探し、提携を取り付けなければ、彼の再起はあり得なかっただろう。
山田悠子はゆっくりとベッドサイドに歩み寄った。
颯人は驚いて目を丸くし、慌てて悠子の腕を掴んだ。
しかし悠子はそのまま彼の大腿の上に座り、両腕を彼の首に絡ませた。
今日の悠子は情熱的な装いで、黒いセクシーなランジェリーは肝心な部分を辛うじて隠しているだけだ。彼女は手を伸ばし、颯人の下半身へと這わせた。
颯人はさらに焦り、再び悠子の手を止めると、目で警告しながら祐衣の方を横目で示した。やりすぎるな、と伝えているようだ。
祐衣はそのすべてをはっきりと見ていた。鋭い爪が掌に食い込む。
彼女は焦点の合わない瞳を瞬かせ、わざと不思議そうに尋ねた。
「誰か入ってきたみたいだけど、誰?」
「使用人が用事で来たんだよ。祐衣、先に寝ていてくれ。用事を済ませたら戻るから」
颯人は慌てて言い訳をでっち上げ、悠子の腕を引いて外へと出て行った。
祐衣の掌ほどの小さな顔は、すでに紙のように青ざめていた。
彼女はゆっくりとベッドを降り、後を追った。
颯人は女を書斎に連れ込んだが、ドアを完全には閉めず、隙間を残していた。
祐衣は廊下の角に立ち、山田悠子が颯人の胸に寄りかかっているのをはっきりと目撃した。
二人が何を話しているのかは聞こえなかったが、颯人の眼差しはどんどん優しくなっていく。
最後には、悠子が爪先立ちになり、二人は口づけを交わしたようだった。
祐衣は体を震わせ、よろめきながら戻った。脳裏には彼らがキスをする光景が焼き付いて離れない。
こんなことが、彼女が失明していた二年の間に一体何度あったのだろうか?
颯人は本当に浮気をしていた。しかも、堂々と家に女を連れ込んで!
